5月12日(月) またまた順列都市、ホワイト・ライト、ONE、私信。
板倉さんのページにこんな記述が。
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Flurry さんのレビューに刺激を受けて密かに 順列都市のレビューを更新。
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きゃあ。あの文章を読まれたかと思うと少し恥ずかしいですが、その、嬉しいです。
◆「『えいえん』も半ばを過ぎて」
「実際に計算機を永遠に走らせる必要はない。可能性さえ示されれば『永遠』(と無限)は、ほら、そこにある」
「順列都市」のテーマ(の一つ)を無理矢理まとめると、こういう風に言ってしまえなくもない(いやまあ、大事なのは「その先」な話ではあるんですが)。で、そういう話になるとルーディ・ラッカー「ホワイト・ライト」(ハヤカワ文庫SF、絶賛品切中)とか『ONE』(Tactics)のことが思い出されてしまうわけです。
以下、例によって、まとまりなく電波っぽく。
「ホワイト・ライト」というのは妙な話で、スケールの大きさでいうなら他に並ぶものがちょっと見当たらない。何しろ「ぼくはπを言い終わった」なんて表現が普通に出てくるのですよ。眩暈がするほど面白い。πは無限小数だって? いや、主人公の計数能力も、その、無限なのですよ。
で、そんな主人公が、より高次の無限(無限にも色々な種類があるのです)を目指す。目指す究極無限のことを主人公は「それ」"One"と呼んでいて、そのことが僕の頭に残っていたせいで、『ONE』をやったときに両者が頭の中で重なってしまって呻き声を上げる羽目に。…こら、そこ、笑うな。
ラッカーを先に読んでいたせいなのかどうなのか、僕は『ONE』の「えいえん」のことを、何だかカッチョいい超越的なヴィジョン、というように読んでしまったようで。幼少期のトラウマ?何それ?
だから、エンディングでの浩平の「こっち側」への帰還を、「えいえん」の断念とか、更には「永遠ではないからこそ、日常に価値はある」とかいう風に受け取る説教ぽい読みには、どうにも違和感が。「えいえん」に触れるのに無限の時間が必要なわけでもないだろうし(結局、これが言いたかったらしい)。エンディング後の浩平にインタビューしたら、存外と「えいえん? うん。十分に満喫したよ」なんて言いそうな気がするのです。
…これって、「アリストテレス×プロティノス」とか、そういうのと関係するのかなあ。そういえば「ホワイト・ライト」の主人公って「プロティノスの著作を読んだ」てな発言をしてたよーな。
ひょっとして「数理神学」とかいうやつも関係するのか? なんだか胡散臭そうだったので、チェックしてなかったのけど。ううう。
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本書はそうした世俗化の弊害を乗り越えて健全な「この世界への他者」への関心を保つための興味深い示唆を含んでいる。面白い本です。目からウロコが落ちました。
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むー。読んでみることにします。
◆ところで"One"なんつう一般的な言葉の類似だけからそこまで言うか、という方のために補足というか変な思いつきを。
こちらのありがたい『ONE』評論によると、
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例えばリチャード・バックの『ONE』という小説がある(Bach,Richard;ONE(1988)、邦訳・平尾圭吾(1990)、現在は集英社文庫(1996)所収)。『かもめのジョナサン』の作者による、ダラダラと長い癖に実存的メッセージへの要約と還元を作品自体が望んでいるかのような驚くべき貧しさによって読者を苛立たせずにはいないこの小説を、タイトルが同じというだけの理由であの傑作と並置し比較するなど幾ら何でも残酷な行為ではあるまいかという疑問は無論首をもたげぬでもないのだが、とは言えタクティクスの『ONE 〜輝く季節へ〜』がその内容からはどう考えても「ONE」と題される理由が見当たらない以上、この作品が一つの典拠となっているらしいという事実くらいは認めねばなるまい。
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とあるわけです。
リチャード・バックが「かもめのジョナサン」でヒッピーカルチャーの支持を集めて、その後リチャード・バックはニューエイジ思想っぽい方に行っちゃったり、それはそうとルーディ・ラッカーもまた、ビートニクとかヒッピーカルチャーの生き残りだったり、とか多分そういう話を背景にしているのです。きっと。ヒッピーカルチャーとニューエイジとの(大きな)違いという問題とか。副読本は、佐藤良明「ラバーソウルの弾みかた」(ちくま学芸文庫。絶賛品切中)あたりで。
…自分でも何を言いたいか分かってないので気にしないでください。大体、そこらへんのカルチャーのことは全然知らないしなあ。リチャード・バックの「ONE」も読んでないし(読むつもりもないし)。
◆私信。遅くなってすみません。
きゃあ。数学屋さんではないのです。でも受けた専門教育は数理工学(6号館の辺り)で、研究分野(の半分。学際!)が「数理○○」だったりするので、「数理屋」のカテゴリーには入ってしまいそうです。…自分でも信じられないですが。
「帰国妹」の四葉は、僕にとっても、他人事とは思えないのでした。「順列マトリョーシカ」は自分のために書いていたような気がするのです。
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